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回想の山旅(7):笊ヶ岳 1980年11月 [山歩き]

この頃、安倍奥から続く白峰南嶺の山が気になっていたが、連休を利用して笊ヶ岳に出かけることにした。

前夜、東京駅23時25分発大垣行の普通列車に乗り、静岡まで行く。

1日目は、静岡からバスで畑薙第一ダム堰堤まで。林道を歩き、中ノ宿で大井川に架かる吊り橋を渡り、中ノ宿沢出合へ。ここから登山道に入る。飯場跡を過ぎしばらく歩くと視界が開け、聖岳~赤石岳~荒川岳がよく見えた。
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2本の沢を過ぎ、予定した幕営地に到着。太陽は大きく西に傾いていた。正面に赤石岳が見える贅沢な場所だった。
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2日目は、所の沢越から稜線を歩き、布引山を経て、笊ヶ岳に到着。残念ながら快晴ではなかったが、南アルプスの最南部・光岳から最北部の北岳、仙丈ヶ岳まで一望できた。また、小笊越しには富士山、南には安倍奥の山々も見渡せた。頂上には時おり雪が舞った。
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左から、小河内岳、聖岳、赤石岳、荒川岳

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左:塩見岳から白峰三山、仙丈ヶ岳、右:小笊越しの富士山

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左:安倍奥の山々、右から1/3あたりのやや大きいピークが山伏

笊ヶ岳頂上には5~6名の人がいたが、1人の青年が大井川側から登ってきた人はいるかと尋ねていた。声をかけると、下りのルートを聞かれた。他の人は山梨・雨畑側から登ってきた人のようだ。ガイドブックに登山ルートとして紹介されているのも、雨畑からのものだったように思う。

展望を十分に堪能したのち、来た道を引き返しテントを撤収、中ノ宿沢出合まで下り、大井川の河原にテントを張った。

笊ヶ岳頂上で声をかけられた青年のテントの場所はわからなかったが、翌朝吊り橋を渡ったところで一緒になった。

3日目は快晴。今日ならもっと素晴らしい展望だっただろうにと残念な気持ちになった。山から吹き降ろす強風が砂埃を巻き上げる林道を畑薙第一ダムまで歩く。バスが井川湖を過ぎ、富士見峠を越えるとき、南アルプスがきれいに見えた。

198011-00.jpg■笊ヶ岳(単独)
1980年
11月1日:静岡=畑薙第一ダム~中ノ宿沢出合~所の沢越の手前(テント泊)
11月2日:所の沢越~笊ヶ岳~所の沢越~中ノ宿沢出合(テント泊)
11月3日:中ノ宿沢出合~畑薙第一ダム=静岡

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