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回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その2) [山歩き]

(その1から続く)

198107-09.jpg■7/31
シャモニから電車でツェルマットに移動し、ホテル・バーンホフ泊。



198108-01.JPG■8/1
ツェルマットから登山電車でゴルナーグラードへ。マッターホルンやモンテローザなどの山々の展望を楽しむ。
ツェルマットに戻り、グリンデルワルトへ電車で移動。アイガー北壁が目の前に見えるキャンプ場泊。



198108-02.JPG■8/2
登山電車でユングフラウヨッホ。ガスで視界が悪く、食堂で様子見している時に加藤保男氏(*)に会う。オーバーメンヒ・ヨッホ小屋まで同行させてもらう。同小屋泊。

(*)エベレストに3度登頂を果たした。1982年12月、厳冬期エベレスト登頂後、下山時に遭難。



198108-06.JPG■8/3
オーバーメンヒ・ヨッホ小屋を出て、ユングフラウ登頂。



198108-03.JPG山頂でガイドで来ていた加藤氏にまた会い、一緒に写真を撮らせてもらう。手前右が加藤氏。
下山しキャンプ場に戻る。



198108-04.JPG■8/4
キャンプ場から撤収し、グリンデルワルトから電車でインターラーケン・オスト、ベルンを経てジュネーブへ。ホテル・シャンテリー泊。



198108-05.JPG■8/5-6
ジュネーブからスイス航空でフランクフルト。フランクフルトからはパンアメリカン航空002便(東回り世界一周便)で、往路同様カラチ、デリー、香港を経由して成田に帰着した。
帰りの飛行機の中のことはほとんど覚えていない。ただ、北海道が大雨で、石狩川などが氾濫しているニュースが機内のTVから流れていたことだけは、なぜか記憶に残っている。


  ◇

いまから振り返ると、2年目の新人がよく2週間(うち1週間は夏休みだが)も休ませてもらったなと思う。
また、事前調査・準備・記録など当時の資料を見返すと、自分は連れて行ってもらっただけだったんだな、ということが改めてわかった。山岳部の多くの仲間に支えられ経験できた遠征だったと思っています。

■行程
1981年
7月24日:成田=香港=デリー=カラチ=
7月25日:=フランクフルト=ジュネーブ=シャモニ
7月26日:キャンプ場へ移動
7月27日:エギーユ・デュ・ミディ
7月28日:グラン・モンテ
7月29日:BC~グーテ小屋
7月30日:グーテ小屋~モンブラン~BC
7月31日:シャモニ=ツェルマット
8月1日:ツェルマット=ゴルナーグラード=ツェルマット=グリンデルワルト
8月2日:BC=ユングフラウ・ヨッホ~オーバーメンヒ・ヨッホ小屋
8月3日:オーバーメンヒ・ヨッホ小屋~ユングフラウ~BC
8月4日:グリンデルワルト=ジュネーブ
8月5日:ジュネーブ=フランクフルト=カラチ=デリー=香港=
8月6日:=成田

回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その1) [山歩き]

しばらく中断していた「回想の山旅」をもう少し続けます。

社会人2年目の夏、会社の山岳部4名でヨーロッパアルプスに遠征しました。

計画段階ではもう1名、女性部員も行く予定で準備をしていましたが、会社の許可が下りなかった、そんな時代。自分にとっては海外旅行はもちろん、飛行機に乗るのも初めての旅でした。

  ◇

198107-01.JPG■7/24-25
北回りヨーロッパ線の航空運賃が高額(給料の何倍だったか?)だったため、少しでも安い南回りを選んだ。
搭乗機はパンアメリカン航空001便(西回り世界一周便)。
香港を過ぎると機内では日本語のアナウンスはなくなり、急に不安が増した。
デリー、カラチを経由し、夜が明けると眼下には赤い大地が広がっていた。中東あたりだろうか。
フランクフルトでスイス航空に乗り換え、ジュネーブへ。空港では自動小銃を脇に抱えた兵士が警備しており驚く。



198107-02.JPG■7/25
ジュネーブ空港からはタクシーでシャモニへ。運転手さんに天気のことを尋ねると、"bad weather"と言われた。この日はホテル・アルピナ泊。
山はガスっているが、すぐ近くまで氷河が迫っているのが見える。



198107-03.JPG■7/26
ホテルをチェックアウトしキャンプ場へ移動。
モンブラン登山時のグーテ小屋予約やSOSモンターニュ(山岳保険)加入手続きなど。
タクシーの運転手さんの予想?は外れ、この日から天気は回復し、帰国までずっと好天に恵まれた。
写真中央奥のなだらかな頂がモンブラン山頂。



198107-04.JPG■7/27
エギーユ・デュ・ミディ山頂駅までロープウェイで行き、ルート偵察も兼ねて雪原を歩く。ガスが晴れるとモンブランやボソン氷河が凄い迫力で目に入ってきた。
写真左上の雲がかかっているのがモンブラン山頂。



198107-05.JPG■7/28
グランモンテよりペチト・エギーユ・ベルト登山と雪上訓練。
写真はグランモンテから眺めたシャモニの谷。



198107-06.JPG■7/29
モンブラン登山1日目。
バス、ロープウェイ、登山電車を乗り継ぎ、ニー・デーグル。テート・ルース小屋を経てグーテ小屋泊。



198107-07.JPG■7/30
モンブラン登山2日目。
暗いうちにグーテ小屋出発。バロ小屋を経て、最後は細い尾根を辿りモンブラン山頂へ。到着前にはそれまで感じなかった感激が急に込み上げてきた。



198107-08.JPG30分程山頂で過ごし下山。バロ小屋からはボソン氷河ルートを下る。気温が上がり、また想像以上に長い下りだった。無事BCに帰着し、長い1日が終わった。



(その2に続く)

梅雨空はいずこへ? [空もよう]

20120630_085355.jpg今日も青空が広がりました。梅雨空はどこへ行ってしまったのでしょうか。



ANAの787、飛んでいますねぇ。

1時間の間に、3機も上空を通過していきました。左から、7時19分、7時57分、8時18分。

20120630_071918.jpg 20120630_075730.jpg 20120630_081847.jpg

梅雨の朝焼け [空もよう]

20120628_041542.jpg早起きしたら、こんな鮮やかな朝焼けが見られました。



20120628_043722.JPG太陽は大気の層を通して鈍く輝きながら昇ってきました。


天気はまた下り坂です。

写真展「都会の星」 [宇宙・天文]

星景写真というジャンルがあることを知ったのは、世界天文年2009が話題になっていた2008年秋頃。
何十年振りかに天文雑誌を手にし、「デジカメで天体写真再入門」などの記事を読み、いまはこんな写真が撮れるのか!と驚いたものです。

その頃、この方のHPにも行きついていましたが、朝日新聞で宇宙や科学関係の署名記事を書かれていた東山記者と一致したのはずっと後、はやぶさ帰還が特集された星ナビ2010年8月号でした。

東山記者の写真展が開催されるそうです。

痛い目みてなんぼ:
http://www.itaime.com/itaime/

写真展「都会の星」:
http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/urban_star.html


梅雨の中休み [空もよう]

20120627_190603.jpg梅雨の晴れ間が2日続きました。

薄い雲が広がってきましたが、夕焼けは昨日より鮮やかに染まりました。

ネムノキ [季節の便り]

20120627_055251.jpgネムノキ[合歓木]の淡いピンク色の花が咲き始めました。梅雨の頃に花をつけるマメ科の木です。

梅雨の晴れ間 [空もよう]

20120626_185741.jpg梅雨の晴れ間が広がり、清々しい天気になりました。



20120626_190152.jpg月齢6.8。

月が見えたのは久しぶりです。



  ◇

20120624_204030_1.jpgこの前の日曜日、久し振りに会った娘を含め、妻、息子夫婦と一緒に食事をしましたが、早期退職を一足早く、サプライズで祝ってくれました。感謝!感謝!ですね。

翌日、娘は梅雨が明けた南の島に帰っていきました。

ネジバナ [季節の便り]

20120623_142412.JPG芝生などの草地でネジバナ[捩花]の花が目につくようになりました。

花は茎を螺旋状に咲き上がります。

螺旋の巻き具合には個性があるようで、中にはほとんど捩れていない個体が見つかることもあります。

  ◇

沖縄は梅雨明けです。平年並みとのこと。

ちょっと警戒 [ミー]

20120622_211654.jpg娘が久し振りに南の島から帰ってきましたが、ミーは警戒を解きません。

こんな感じで、物陰から様子を伺っています。



20000412_072753.jpg昔は、一緒に仲良く遊んでたんですけどねぇ。。。



  ◇

夏至(21日)が過ぎ、太陽はもう冬に向かって動き始めています。
昼間の時間も少しずつ短くなっていきます。
何だか、不思議な感じですが。。。