So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

回想の山旅(10):安倍奥再訪 1990年9月 [山歩き]

前回のさよなら山行から10年振りに安倍奥を歩いた。

199009-01.jpg1日目、静岡から梅ヶ島行バスで新田下車。学生時代、何度も歩いた道のはずなのに、背中の荷物がやけに重かった。無人の山伏小屋泊。この日、他に登山者がいたかどうかは記憶にない。



199009-02.jpg2日目は山伏山頂に登り、大谷嶺、八紘嶺を経て、梅ヶ島に下った。八紘嶺山頂では数名の登山者に会った。
天気は快晴、南アルプスや白峰南嶺の山々がよく見えていた。



生活環境の変化や、他の活動に興味が移ったことなどから、これを最後にしばらく山歩きから遠ざかることになった。
次に安倍奥に入ったのは、さらに10年後の2000年のことである。

■安倍奥(単独)
1990年
9月22日:静岡=新田~山伏小屋
9月23日:山伏小屋~山伏~大谷嶺~八紘嶺~梅ヶ島温泉=静岡

回想の山旅(9):南アルプス南部 1985年夏 [山歩き]

ヨーロッパアルプス(1981年)の後は、長期出張や生活環境の変化などが重なり、ほぼ4年振りの夏山となった。会社の山岳部で南アルプス南部を歩いた。

198507-01.jpg1985年:
■7/27-28
東京駅を23:25発の列車に乗り金谷駅で下車。大井川鉄道に乗り換え、千頭、井川。ここからバスで畑薙第一ダム堰堤へ。
畑薙第一ダムに架かる長い吊り橋を渡り、登山道に入る。ウソッコ小屋、横窪沢小屋を経て、稜線近くの茶臼小屋テント場泊。
天気は快晴のち時々曇り。



198507-02.jpg■7/29
3時起床。満天の星。
茶臼岳、易老岳、イザルガ岳を経て光岳着。頂上は樹林の中で見晴らしはきかなかった。
同じルートを辿りテント場まで戻る。
写真は、広い稜線からしてイザルガ岳で撮ったものか?



198507-03.jpg■7/30
3時半起床。天気はガスのち晴れ。夕方雷を伴った雨。
上河内岳を通って聖平まで。昨日の歩きが長かったので、今日は楽だった。



198507-04.jpg■7/31
2時半起床。快晴。ただし29日より星の数は少ない。
聖平から聖岳山頂。奥聖をピストンして、兎岳、中盛丸山、大沢岳を経て百間洞泊。
昼頃より雲が湧いた。



198507-05.jpg■8/1
2時半起床。快晴。満月の月明かりが明るい。
百間洞から赤石岳、大聖寺平を経て荒川小屋テント場泊。
午後より雲が広がり夕方には雷鳴。
写真は大聖寺平、バックは悪沢岳。



198507-06.jpg■8/2
2時半起床。荒川岳稜線から悪沢岳へ。素晴らしい展望を楽しめた。
一人の大先輩が、20年振りの南アだ、と言われていて、20年振りとかいう時間の長さが全く実感できなかったが、その時からすでにそれ以上の年月が経過してしまった。
千枚岳を経て二軒小屋まで急な尾根を下る。


■8/3
2時半起床。快晴。
二軒小屋から転付峠を越えて、田代まで下る。昨日の下りで太ももの筋肉を傷め、難儀しながらの下りとなってしまった。
バスで身延駅に出て、身延線で甲府を経由して八王子に戻った。
写真は転付峠から見た、赤石岳に懸かる満月。
198507-07.jpg


198507-08.jpg■南アルプス南部縦走
1985年
7月27-28日:東京=金谷=畑薙第一ダム~茶臼小屋(テント泊)
7月29日:茶臼小屋~易老岳~光岳~易老岳~茶臼小屋(テント泊)
7月30日:茶臼小屋~上河内岳~聖平(テント泊)
7月31日:聖平~聖岳~百間洞(テント泊)
8月1日:百間洞~赤石岳~大聖寺平~荒川小屋(テント泊)
8月2日:荒川小屋~悪沢岳~千枚岳~二軒小屋(テント泊)
8月3日:二軒小屋~転付峠~田代入口=身延=甲府=八王子

回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その2) [山歩き]

(その1から続く)

198107-09.jpg■7/31
シャモニから電車でツェルマットに移動し、ホテル・バーンホフ泊。



198108-01.JPG■8/1
ツェルマットから登山電車でゴルナーグラードへ。マッターホルンやモンテローザなどの山々の展望を楽しむ。
ツェルマットに戻り、グリンデルワルトへ電車で移動。アイガー北壁が目の前に見えるキャンプ場泊。



198108-02.JPG■8/2
登山電車でユングフラウヨッホ。ガスで視界が悪く、食堂で様子見している時に加藤保男氏(*)に会う。オーバーメンヒ・ヨッホ小屋まで同行させてもらう。同小屋泊。

(*)エベレストに3度登頂を果たした。1982年12月、厳冬期エベレスト登頂後、下山時に遭難。



198108-06.JPG■8/3
オーバーメンヒ・ヨッホ小屋を出て、ユングフラウ登頂。



198108-03.JPG山頂でガイドで来ていた加藤氏にまた会い、一緒に写真を撮らせてもらう。手前右が加藤氏。
下山しキャンプ場に戻る。



198108-04.JPG■8/4
キャンプ場から撤収し、グリンデルワルトから電車でインターラーケン・オスト、ベルンを経てジュネーブへ。ホテル・シャンテリー泊。



198108-05.JPG■8/5-6
ジュネーブからスイス航空でフランクフルト。フランクフルトからはパンアメリカン航空002便(東回り世界一周便)で、往路同様カラチ、デリー、香港を経由して成田に帰着した。
帰りの飛行機の中のことはほとんど覚えていない。ただ、北海道が大雨で、石狩川などが氾濫しているニュースが機内のTVから流れていたことだけは、なぜか記憶に残っている。


  ◇

いまから振り返ると、2年目の新人がよく2週間(うち1週間は夏休みだが)も休ませてもらったなと思う。
また、事前調査・準備・記録など当時の資料を見返すと、自分は連れて行ってもらっただけだったんだな、ということが改めてわかった。山岳部の多くの仲間に支えられ経験できた遠征だったと思っています。

■行程
1981年
7月24日:成田=香港=デリー=カラチ=
7月25日:=フランクフルト=ジュネーブ=シャモニ
7月26日:キャンプ場へ移動
7月27日:エギーユ・デュ・ミディ
7月28日:グラン・モンテ
7月29日:BC~グーテ小屋
7月30日:グーテ小屋~モンブラン~BC
7月31日:シャモニ=ツェルマット
8月1日:ツェルマット=ゴルナーグラード=ツェルマット=グリンデルワルト
8月2日:BC=ユングフラウ・ヨッホ~オーバーメンヒ・ヨッホ小屋
8月3日:オーバーメンヒ・ヨッホ小屋~ユングフラウ~BC
8月4日:グリンデルワルト=ジュネーブ
8月5日:ジュネーブ=フランクフルト=カラチ=デリー=香港=
8月6日:=成田

回想の山旅(8):ヨーロッパアルプス 1981年夏(その1) [山歩き]

しばらく中断していた「回想の山旅」をもう少し続けます。

社会人2年目の夏、会社の山岳部4名でヨーロッパアルプスに遠征しました。

計画段階ではもう1名、女性部員も行く予定で準備をしていましたが、会社の許可が下りなかった、そんな時代。自分にとっては海外旅行はもちろん、飛行機に乗るのも初めての旅でした。

  ◇

198107-01.JPG■7/24-25
北回りヨーロッパ線の航空運賃が高額(給料の何倍だったか?)だったため、少しでも安い南回りを選んだ。
搭乗機はパンアメリカン航空001便(西回り世界一周便)。
香港を過ぎると機内では日本語のアナウンスはなくなり、急に不安が増した。
デリー、カラチを経由し、夜が明けると眼下には赤い大地が広がっていた。中東あたりだろうか。
フランクフルトでスイス航空に乗り換え、ジュネーブへ。空港では自動小銃を脇に抱えた兵士が警備しており驚く。



198107-02.JPG■7/25
ジュネーブ空港からはタクシーでシャモニへ。運転手さんに天気のことを尋ねると、"bad weather"と言われた。この日はホテル・アルピナ泊。
山はガスっているが、すぐ近くまで氷河が迫っているのが見える。



198107-03.JPG■7/26
ホテルをチェックアウトしキャンプ場へ移動。
モンブラン登山時のグーテ小屋予約やSOSモンターニュ(山岳保険)加入手続きなど。
タクシーの運転手さんの予想?は外れ、この日から天気は回復し、帰国までずっと好天に恵まれた。
写真中央奥のなだらかな頂がモンブラン山頂。



198107-04.JPG■7/27
エギーユ・デュ・ミディ山頂駅までロープウェイで行き、ルート偵察も兼ねて雪原を歩く。ガスが晴れるとモンブランやボソン氷河が凄い迫力で目に入ってきた。
写真左上の雲がかかっているのがモンブラン山頂。



198107-05.JPG■7/28
グランモンテよりペチト・エギーユ・ベルト登山と雪上訓練。
写真はグランモンテから眺めたシャモニの谷。



198107-06.JPG■7/29
モンブラン登山1日目。
バス、ロープウェイ、登山電車を乗り継ぎ、ニー・デーグル。テート・ルース小屋を経てグーテ小屋泊。



198107-07.JPG■7/30
モンブラン登山2日目。
暗いうちにグーテ小屋出発。バロ小屋を経て、最後は細い尾根を辿りモンブラン山頂へ。到着前にはそれまで感じなかった感激が急に込み上げてきた。



198107-08.JPG30分程山頂で過ごし下山。バロ小屋からはボソン氷河ルートを下る。気温が上がり、また想像以上に長い下りだった。無事BCに帰着し、長い1日が終わった。



(その2に続く)

釈迦ヶ岳 [山歩き]

20111113_081209.jpg穏やかな好天との予報なので、釈迦ヶ岳(山梨県芦川村)に行ってきました。

甲府盆地は雲に覆われていました。遠くの山は八ヶ岳。



20111113_085559.jpg空気の透明度はあまり良くありませんでしたが、南アルプスも全山が見渡せました。



20111113_085130.jpg頂上には二体の地蔵があります。



20111113_110028.jpgブナやナラなどの落葉樹はすっかり葉を落としていましたが、カラマツの黄葉はまだ見頃でした。



20111113_wakahiko.jpg3年前に来た時にはなかった、芦川村と河口湖町をつなぐトンネル(若彦トンネル)が開通していました。スズラン群生地へのカーブ(以前はこの道しかなかった)に気づかず、朝は誤って直進してトンネル入り口まで行ってしまいました。図は山梨県のHPから引用。

回想の山旅(7):笊ヶ岳 1980年11月 [山歩き]

この頃、安倍奥から続く白峰南嶺の山が気になっていたが、連休を利用して笊ヶ岳に出かけることにした。

前夜、東京駅23時25分発大垣行の普通列車に乗り、静岡まで行く。

1日目は、静岡からバスで畑薙第一ダム堰堤まで。林道を歩き、中ノ宿で大井川に架かる吊り橋を渡り、中ノ宿沢出合へ。ここから登山道に入る。飯場跡を過ぎしばらく歩くと視界が開け、聖岳~赤石岳~荒川岳がよく見えた。
198011-01.jpg

2本の沢を過ぎ、予定した幕営地に到着。太陽は大きく西に傾いていた。正面に赤石岳が見える贅沢な場所だった。
198011-08.jpg 198011-02.jpg

2日目は、所の沢越から稜線を歩き、布引山を経て、笊ヶ岳に到着。残念ながら快晴ではなかったが、南アルプスの最南部・光岳から最北部の北岳、仙丈ヶ岳まで一望できた。また、小笊越しには富士山、南には安倍奥の山々も見渡せた。頂上には時おり雪が舞った。
198011-03.jpg
左から、小河内岳、聖岳、赤石岳、荒川岳

198011-04.jpg 198011-05.jpg
左:塩見岳から白峰三山、仙丈ヶ岳、右:小笊越しの富士山

198011-06.jpg 198011-07.jpg
左:安倍奥の山々、右から1/3あたりのやや大きいピークが山伏

笊ヶ岳頂上には5~6名の人がいたが、1人の青年が大井川側から登ってきた人はいるかと尋ねていた。声をかけると、下りのルートを聞かれた。他の人は山梨・雨畑側から登ってきた人のようだ。ガイドブックに登山ルートとして紹介されているのも、雨畑からのものだったように思う。

展望を十分に堪能したのち、来た道を引き返しテントを撤収、中ノ宿沢出合まで下り、大井川の河原にテントを張った。

笊ヶ岳頂上で声をかけられた青年のテントの場所はわからなかったが、翌朝吊り橋を渡ったところで一緒になった。

3日目は快晴。今日ならもっと素晴らしい展望だっただろうにと残念な気持ちになった。山から吹き降ろす強風が砂埃を巻き上げる林道を畑薙第一ダムまで歩く。バスが井川湖を過ぎ、富士見峠を越えるとき、南アルプスがきれいに見えた。

198011-00.jpg■笊ヶ岳(単独)
1980年
11月1日:静岡=畑薙第一ダム~中ノ宿沢出合~所の沢越の手前(テント泊)
11月2日:所の沢越~笊ヶ岳~所の沢越~中ノ宿沢出合(テント泊)
11月3日:中ノ宿沢出合~畑薙第一ダム=静岡

回想の山旅(6):南アルプス 1980年夏 [山歩き]

社会人1年目の夏休みも南アルプスを歩いた。
今回、間ノ岳から塩見岳へは、仙塩尾根の縦走ではなく、広河内岳から池ノ沢を下り、対岸の雪投沢を登り返すルートとした。

前夜に甲府駅まで行き、山梨交通バスターミナルで仮眠。

1日目は朝1番のバスで広河原へ。広河原から大樺沢の雪渓を登り、八本歯のコルを通って、北岳山荘テント場泊。天気は晴れ、ガス。
198007-01.jpg 198007-02.jpg
左:大樺沢の雪渓、右:鳳凰三山

2日目は北岳周辺で遊び、北岳山荘テント場にもう1泊する。天気は朝は快晴、午後からはガスで風強い。
198007-03.jpg 198007-04.jpg
左:甲斐駒と八ヶ岳、右:仙丈ヶ岳

198007-05.jpg 198007-06.jpg
左:北岳のお花畑と北岳山荘、右:間ノ岳と農鳥岳

3日目は曇り、ガス。間ノ岳、西農鳥岳、農鳥岳を通り、広河内岳から池ノ沢を下る。
198007-07.jpg 198007-08.jpg
左:農鳥岳と農鳥小屋、右:塩見岳

198007-18.jpg大井川源流東俣との出合いにある池ノ沢小屋に到着。小屋(無人)は自由に使えるようなので、この日は小屋泊まりとした。他には渓流釣りの青年が1人いただけだった。

この写真は池ノ沢で撮ったものか、翌日の雪投沢で撮ったものか不明。



4日目が今回の山行の核心部。東俣にかかる丸太橋を渡り雪投沢出合に出る。ルートはほとんど沢の中。雪投沢源頭のテント場を通り仙塩尾根稜線に出たときにはホッとした。

蝙蝠岳を往復しようかとも考えていたが、天気の状況をみて断念した。塩見岳を経て三伏小屋テント場まで行く。昼頃からは本降りの雨になった。天気のせいか、この日の写真は1枚もなかった。

5日目は朝からガス。天気の様子見の後、少し不安な気持ちでガスの中を歩く。ところが、小河内岳手前でガスが晴れ、360度の大展望となった。白い世界があっという間に青空に変わったため、心細さも吹き飛び非常に感動した記憶がある。
荒川小屋まで行きたかったが、出発を遅らせたため少し早いが高山裏泊とした。
198007-10.jpg 198007-11.jpg
左:小河内岳、右:塩見岳と南ア北部の山々

198007-12.jpg
南ア南部の山々(左から悪沢岳、荒川中岳・前岳、赤石岳、聖岳、兎岳)

198007-13.jpg 198007-14.jpg
左:小河内岳からの富士山、右:高山裏幕営地

6日目は荒川岳の急斜面を登り、前岳・中岳のコルに出る。途中、ライチョウを見かける。2年前にパスした悪沢岳を往復し、荒川小屋に下る。天気はガス時々晴れで、展望は全然だめ。
198007-15.jpg 198007-16.jpg
左:悪沢岳、右:荒川小屋に下る斜面のお花畑

198007-17.jpg7日目は大聖寺平を通り赤石岳。ここから富士見平、赤石小屋を経て椹島に下る。天気は曇り、ガス。

写真後ろの人の足元にあるキスリングザックが今となっては懐かしい。

8日目は椹島からマイクロバスで畑薙第一ダム、バスを乗り換えて静岡に出て、帰途についた。



198007-00.jpg■南アルプス縦走(単独)
1980年
7月27日:甲府=広河原~北岳山荘(テント泊)
7月28日:北岳山荘~北岳~北岳山荘(テント泊)
7月29日:北岳山荘~間ノ岳~農鳥岳~広河内岳~池ノ沢小屋(小屋泊)
7月30日:池ノ沢小屋~塩見岳~三伏小屋(テント泊)
7月31日:三伏小屋~高山裏(テント泊)
8月1日:高山裏~荒川岳稜線~悪沢岳往復~荒川小屋(テント泊)
8月2日:荒川小屋~赤石岳~椹島(テント泊)
8月3日:椹島=畑薙第一ダム=静岡

回想の山旅(5):安倍奥さよなら山行 1980年3月 [山歩き]

学生生活にピリオドを打つときがきて、最後に安倍奥の山を周遊して終わりにしようと出かけた。

1日目は、孫佐島でバスを降り、井川峠に登る。山伏小屋まで行くつもりだったが、予想外に雪が多く、井川峠で幕営することにした。

198003-1.jpg2日目は、山伏小屋まで尾根筋を歩く。
写真は何度も利用させてもらった山伏小屋(静岡市営の無人小屋)。



198003-2.jpg3日目は山伏周辺で遊ぶ。



頂上からは南アルプスの展望が開けている。最奥は南アルプス南部の山々。手前は白峰南嶺から続く尾根。
198003-4.jpg

198003-3.jpg笊ヶ岳の右には北岳が見える。



4日目は新窪乗越、大谷嶺、八紘嶺を経て梅ヶ島温泉に下る予定だったが、新窪乗越から先は北側斜面の深い雪に難儀する。残念ながらここで断念し、新窪乗越に引き返し、大谷崩を通って新田に下り、さよなら山行を終えた。

198003-0.jpg■安倍奥さよなら山行
1980年
3月17日:静岡=孫佐島~井川峠(テント泊)
3月18日:井川峠~山伏小屋(小屋泊)
3月19日:山伏周辺、山伏小屋(小屋泊)
3月20日:山伏~新窪乗越~新田=静岡

回想の山旅(4):七面山 1978年11月 [山歩き]

1978年秋、安倍奥・八紘嶺から七面山へと歩いた。

1日目は、梅ヶ島温泉から八紘嶺に登り、七面山へ続く尾根途中のインクラ跡で幕営。
「夕方より天気は快方に向かい、赤く染まった富士が見られた。夜は満天の星。随分冷え込み、テント内側は氷でバリバリになった」とメモにある。

197811-1.jpg2日目は、第二三角点を経て七面山に至る。終日快晴で展望を満喫できた。
右の写真中央が白峰三山。左端が塩見岳。



下の写真の奥の稜線が夏に歩いた南アルプス南部の山々(上河内岳~聖岳~赤石岳~荒川岳)。その手前は白峰南嶺の尾根。双耳峰は笊ヶ岳。
197811-2.jpg

197811-0.jpg■八紘嶺~七面山(単独)
1978年
11月3日:静岡=梅ヶ島温泉~八紘嶺~インクラ跡(泊)
11月4日:インクラ跡~七面山~角瀬=身延

回想の山旅(3):南アルプス南部 1978年夏 [山歩き]

1978年の夏は、7月の北アルプスに続き、南アルプス南部を縦走しました。

1日目は、金谷から井川まで大井川鉄道に乗り、バスを乗り継いで畑薙第1ダム着。ここから歩き始める。ダムに架かる大吊り橋を渡り、この日は横窪沢小屋まで登る。

197808-1.jpg2日目は、茶臼小屋を通り稜線に出る。少し南に位置する茶臼岳を往復。稜線伝いに北上し、上河内岳を経て聖平泊。昼からはガスの中。上河内岳付近で雷鳥(親1子4)を見た、とメモにある。



197808-2.jpg3日目は朝からガス。聖岳(前聖岳)に登り、縦走路から離れた奥聖岳を往復。安倍奥の山々が見渡せた。兎岳、中盛丸山を経て、百間洞泊。



197808-3.jpg4日目は、百間平を通り赤石岳。ここでも雷鳥(親1子8)を見た。荒川小屋を通り、荒川岳の前岳・中岳のコル。悪沢岳はパスし高山裏に下り幕営。



197808-4.jpg5日目は小河内岳、烏帽子岳を通り、三伏小屋幕営地泊。ずっとガスの中。



6日目は塩見岳往復。好天に恵まれた。塩見岳は南アルプスのほぼ中央に位置するため、南部の山々も北部の山々もよく見渡せる。

197808-5.jpg
歩いてきた南部の山々 中央が荒川岳

197808-6.jpg
南アルプス北部の山々

7日目は塩川に下山し帰途についた。

197808-0.jpg■南アルプス南部縦走
1978年
8月6日:浜松=井川=畑薙第1ダム堰堤~吊り橋~ウソッコ沢~横窪沢小屋(テント泊)
8月7日:横窪沢小屋~茶臼小屋~茶臼岳~上河内岳~聖平(テント泊)
8月8日:聖平~聖岳(奥聖岳往復)~兎岳~百間洞(テント泊)
8月9日:百間洞~百間平~赤石岳~荒川前岳・中岳コル~高山裏(テント泊)
8月10日:高山裏~小河内岳~烏帽子岳~三伏小屋(テント泊)
8月11日:三伏小屋~塩見岳~三伏小屋(テント泊)
8月12日:三伏小屋~塩川=伊那大島=浜松

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は180日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。